Leader’s Voice : 菅義偉氏引退に寄せて
Clean Water Mechanism, Founder, 佐々木弘
このコラムを書く2日前、コロナ禍の最中に健康上の理由で長期政権に幕を閉じた故安倍首相に代わり政権につき、総理大臣として日本を率いた菅義偉氏が高齢を理由に引退を発表した。
SNSで発表したのは以下のようなステートメントだった。
(引用)
私、菅義偉は、今般行われる予定の衆議院議員総選挙に出馬せず、後進に道を譲る決意をいたしました。
雪深い秋田の農家に生まれ、地縁、血縁のない横浜で、政治の世界に飛び込みました。
ゼロからのスタートだった私が衆議院議員として30年、内閣官房長官、内閣総理大臣を務めることができました。
ふるさと納税、不妊治療の保険適用、脱炭素社会の実現、インバウンドによる観光立国、携帯電話料金の値下げ、災害時のダムの一元管理、デジタル庁の新設、半導体誘致など、縦割りを打破して、これまでできなかった政策を実現させ、次の時代の日本への道筋をつけることができたと思います。
新型コロナウイルスのワクチン1日100万回を決断し、コロナ禍の収束に貢献できたことも思い出深いものです。
これも皆様のこれまでの長年にわたるお支え、厚いご支援によるものであり、改めて心より感謝申し上げます。
(引用終了)
菅氏の首相在任期間は1年と短い期間だったが、安倍政権発足から終焉まで政権のNo.2として政権中枢で官房長官としては歴代1位の長きに亘って仕事をし、驚くほど多くの功績を残した。
その中でもここでは上記ステートメントにもある「災害時のダムの一元管理」に注目したい。
事の始まりは2019年の台風19号だった。この台風は10月6日に発生し、12日19時前に「大型で強い」勢力で伊豆半島に上陸、神奈川県箱根町で24時間降水量が922.5mm(日本記録)を観測するなど、関東・甲信・東北の多くの地点で観測史上1位を更新した。各地のダムや河川の容量が限界に達し、最終的に被害は東日本全域に及び、戦後最大級の河川災害となった。
東京では上流域にあるすべての治水ダムが次々と満水になる中、首相官邸ではなんとか東京での洪水による大災害だけは避けられないかと、当時官房長官だった菅氏を中心に緊急会議が開かれていた。利根川、江戸川、多摩川という東京の主要河川で堤防の決壊が起これば激甚な人的・物的災害が起こることは間違えない。
刻一刻とタイムリミットが迫る中、「不可能は承知で言うと」という枕詞と共に一つのアイデアが示された。
それは「全てのダムと貯水池の水を全て事前放水して台風に備える」というものだった。
当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、これは日本という国の統治の仕組みの中では前例のない事だった。
治水ダム、遊水地は国土交通省、発電用ダムは経済産業省、灌漑ダム・貯水池は農林水産省と縦割りの壁により管理が分断されている上に水利権など様々な権利関係が絡み合っているため、このような状況では国交省所管の設備しか動員することはできなくなっていた。
それを省庁間の壁を取り払い、首相官邸のリーダーシップのもと例外的に全ての貯水施設に事前放水を命じたのだ。
これを議会も通さず立法も行わず、閣議も通さずに首相官邸だけで行うというのは大きな決断であるだけでなく政治的にも極めて危険な決断であった。指示しても短時間で現場が決定通りに運用実施できる保証もない。また、これでも堤防決壊が起きてしまえば野党、マスコミによるアンフェアで壮絶な責任追及が始まるのは目に見えている。それでも安倍首相も菅氏が取り纏めたこの提案に迷わずゴーサインを出した。
予想通り農業関係者や電力各社は猛然と反対したが、菅氏は一切ひるむことなく強引な手法で決定を強行した。
私はその当時東京にいて、監視カメラ映像をにらみながら江戸川の水位がみるみるうちに上昇し決壊が間もないことを半ば覚悟するに至った。
しかし、この緊急策は東京上流最大の治水ダムである八ッ場ダム10個分近い湛水余力を生み出し、その結果東京での堤防決壊は間一髪で回避され、事なきを得たのであった。
あれはまさに奇跡的な出来事だった。
この後、この経験に基づきこの運用は菅官房長官下で「事前放流ガイドライン」として法制化され、具体的には以下の仕組みが整えられた。
事前放流の実施: 大雨が予想される際、利水ダムであっても事前に放流して水位を下げ、洪水を貯めるための空き容量を確保する。
一元的な運用協定: 全国109の水系で、国、自治体、電力会社などが「治水協定」を締結。河川管理者(国交省)が利水ダムに対しても放流の指示・要請ができる体制を構築した。
損失補填の明確化: 発電できなくなった分の損失を国が補填する仕組みを整え、民間企業(電力会社等)の協力を得やすくした。
これによって全国で約45億立方メートル(八ッ場ダム約50個分の有効貯水容量に匹敵)の湛水余力を、一切の予算を使わずに実現した。
治水ダムを1つ造るには数百億〜数千億円の費用と数十年という歳月がかかることを考えれば、これによる国土強靭化への貢献の大きさは計り知れない。
1959年の伊勢湾台風は紀伊半島という人口の少ない地域での上陸にもかかわらず5千人を超える死者を出した。この台風19号は全国各地の人口密集地域を襲ったにもかかわらず死者数は100人に満たなかった。
日本の国土は確実に強靭化されており、菅氏もそこに極めて大きな功績を残した。
水道、下水、自然環境、気候変動、そして治水。「水」というテーマは非常に幅が広い。
私は水にまつわる社会課題にコンサルティング会社の一員として関わり始めて以来、おおくの事業にかかわってきたが、切っ掛けは災害対策を中心としたリスクマネジメントだったため、幾許かではあるが治水あるいは統合水資源管理に関しても関わってきた。
治水とは間違いなく国づくりである。
因みにではあるが、ベトナム語では国家(Nation State)のことをNha Nuoc という。Nhaは「家」、Nuocは「水」だ。
ここで告白しておくと、私は菅氏の選挙区で暮らしている。彼の事務所は私の住まいからも数キロの距離に位置している。
しかし、この功績一つをとっても、彼の功績への私の賛辞は地縁による依怙贔屓ではないことはご納得いただけると思う。
偉大なリーダー、菅義偉氏に心からの敬意をこめて「あなたはこの国家をより強く、豊かにしてくれました。ありがとうございます。お疲れさまでした」と伝えたい。

